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船江恒平六段杯 稲美野将棋大会 11/18(日)

船江恒平六段杯が稲美町で開催されます。

 

日 時 平成30年11月18日(日)9:30~

場 所 稲美町立コミュニティセンター

参加費 小学生500円 大人1,500円 中高生、女性、シニア(70以上)1,000円

 

 

■船江恒平(高58回)略歴

船江恒平(ふなえ こうへい1987年4月27日-)は、将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は281。兵庫県加古川市出身。兵庫県立加古川東高等学校卒。祖父に教えられて5歳で将棋を始める。1998年加古川市立東神吉南小学校5年の時、第23回小学生将棋名人戦で準優勝。1998年6級で奨励会入り。2010年10月四段昇段プロデビュー。2011年第70期順位戦では初参加にしてC級2組で10戦全勝の成績を修め、C級1組昇級及び五段昇段を決めた。2011年に創設された加古川青流戦で優勝、地元主催の棋戦の初代優勝者となった。2016年新設された若手対象のプロ公式戦「第1回上州YAMADAチャレンジ杯」で優勝。2016年12月28日五段昇段から勝ち星120勝で六段昇段。

 

Q.なぜ船江六段杯を?

船江さんが2010年四段昇段でプロになった時に、高23回福田薫さんが「船江恒平杯」将棋大会をやろうかと声をかけました。「せめて六段になってから」という返事。そして六段昇段を待ち、2017年11月5日第1回船江恒平六段杯稲美野将棋大会を開催。

 

Q.なぜ稲美町で?

2004年、第1回東播磨ハートランド稲美万葉杯将棋大会を審判長に井上慶太九段を迎えて開催。以降第7回まで井上九段に審判長として来ていただきました。2011年第8回大会から審判長を弟子の船江五段(当時)に譲り2016年まで船江さんが審判長に。このような経緯があり、満を持して2017年11月に冠大会、第1回船江恒平六段杯稲美野将棋大会開催。遠くは鳥取、徳島からも参加がありました。多くの清流会からの参加をお願いします。


【お知らせ】第30回清流会稲美支部総会について

清流会稲美支部の皆様こんにちは。
今回は毎年年一回開催されます清流会稲美支部総会のお知らせです。
お忙しいところ申し訳ありませんが、ご参加よろしくお願い致します。

日時:平成30年7月1日(日)午前10時~
場所:稲美町立コミュニティーセンター(稲美町役場4階)
総会:10時~ 講演会:11時~ 懇親会:12時15分~
会費:一般会員 5,000円 役員 8,000円

講師:大西奉文氏 大西メディカルクリニック院長(高校26回生)
演題:『生涯現役 ~ガンの早期発見と寝たきり予防のために~』


清流会稲美支部 第5回ウォーキング 日本三奇「石の宝殿」から宮本武蔵生誕の地へ(高砂市)

稲美支部のウォーキングも5回目となる。
平成29年11月23日(祝)は期待通り、好天に恵まれた。風もほとんどなく、昨年の厳しい天候と大違いである。
稲美町を出発した車は、県立加古川医療センターランプから東播磨自動車道に入り、加古川中央JCTを経て国道2号線を西へ向かい、高砂北ランプ(阿弥陀町魚橋)で降りる。

旧街道沿いの町中をしばらく行くと、最初の目的地・正蓮寺の山門が見えてきた。駐車場がないので、寺の裏手に回りこんでとめる場所をみつける。
そこから民家の間を歩いて、寺の正面へ。ここに、作曲家・佐々木すぐる(1892~1966)の顕彰碑がある。
灰白色の巨石(おそらく地元産の竜山石)に、森繁久彌の筆による「月の沙漠 童謡作曲家 佐々木すぐる先生 生育の地」の文字を刻んだ黒い石がはめ込まれている。
彼はこの地に生まれ、姫路師範学校を卒業して郷里の小学校に勤めていたが、作曲家を志して上京し、東京音楽学校を卒業。
生涯に童謡等、約2000曲を作曲したが、「月の沙漠」や「お山の杉の子」は有名。
とくに「月の沙漠」は童謡に分類されてはいるが、人生後半を生きるウォーキング参加者には、胸にしみいる曲ではないだろうか。
そのようなことを考えつつ、記念撮影。

正蓮寺の山門にて

佐々木すぐる顕彰碑(書:森繁久彌)をバックにして

次に高砂市総合運動公園で駐車。ここから本格的なウォーキングになる。
公園横を流れる法華山谷川を渡ると、すぐに急な石段がある。全員、真剣な表情で黙々と登る。

急な石段を真剣に登る(生石神社)

生石(おうしこ)神社の建物があり、参拝料を払って通り抜けると「石の宝殿」である。
神社の御神体として知られ、日本三奇の一つ。
ちなみに、他の二つは天之逆鉾(あまのさかほこ:宮崎県高原町、高千穂峰山頂)と、四口の神竃(よんくのしんかま:宮城県塩釜市、御釜神社)である。
『播磨風土記』に「々(はら)の南に作石有り。形、屋のごとし。長さ二丈(つゑ)、広さ一丈五尺、高さもかくの如し。名号(なづ)けて大石と曰ひき」という記述がある。
今でも、圧倒されるような迫力だから、編纂された奈良時代初期にはさぞやと思われる。
途方もなく巨大な石棺が水に浮いているかのような光景に、ここは初めてという参加者は大いに驚く。

上から眺めた「石の宝殿」(日本三奇の一つ)

その後、巨岩の横の岩肌を登り、上から眺める。
旧式のテレビ受像機のような形状に、古代人の造形力のユニークさ、この地にいた豪族の権力の大きさが偲ばれる。
山頂から、近くには竜山石の採石場や高御位山がくっきりと、遠くには稲美町方面が霞んでみえた。

稲美町はあの方向でしょうか?

生石神社前の自動車道を南にたどる。
途中、迫力満点の採石場があった。現在は資材置き場になっている。
竜山石は上品で素朴な味わいのある石で、宝殿石とも呼ばれる。
約9000万年前に形成された凝灰岩で、建築資材としてすぐれているらしい。
古墳時代から現代まで約1700年間採石が続けられ、国内各地で使用されている。
主な使用場所は姫路城・明石城の石垣、皇居吹上御苑、国会議事堂、帝国ホテル、住友銀行本店ビル、県立神戸高校の玄関等。
採石場は「石の宝殿」とともに平成26年に国史跡(文部科学省)に指定された。

竜山石(たつやまいし)の採石場跡をバックにして
 

国道250号線の手前で自動車道を東に折れると、住宅街の奥に加茂御祖神社がある。
そこから、観濤処(かんとうしょ)に向かう階段がある。
高砂市のハイキング案内にも、天保時代から海を眺める名所であったと記されている。
期待して登り始めたが、右に左にコンクリート階段が続き、すぐに参加者のほとんどがギブアップ。ウォーキング企画者と足に自信があるM氏の“精鋭2名”のみがアタック。
山頂付近の岩崖に「観濤処」と巨大な文字が刻まれていた。
高砂の市街地を一望する光景は、小学生の写生場所なっているらしく、児童たちの絵をプリントしたパネルが立っていた。
ウォーキング参加者にはハードルが高すぎたようである。二人が神社まで戻ると、参加者は腰かけて休憩中。
「実は下見に来た時、夕方だったので階段は登らなかったのです。これほどまでとは・・・」と企画者は大いに反省。

海を眺める名所「観濤処(かんとうしょ)」(天保時代、姫路藩の刻印)

次の目的地は宮本武蔵ゆかりの場所。
新しい高砂市立図書館の横を通り、県道43号線を北上。道路際の民家の庭に、幹囲数メートルはあろうかと思われるクスノキの巨樹がある。樹齢700年ともいわれ、当地(米田町)に生まれた少年・宮本武蔵(当時は田原姓)が登った頃でも樹齢270年の大木であった。

武蔵少年も登った?大クスノキ

しばらく歩くと、武蔵の出生地である田原家屋敷跡の石碑があった。
古い家並みが続く米田の“村中”を通り抜けると、米田天神社の前に出る。
武蔵の養子・宮本伊織が再建した神社で、境内横に「宮本武蔵・伊織生誕之地」と彫られた巨大な石碑がある。
吉川英治の小説によって、美作(岡山県)が武蔵の出身地として有名になってしまったが、本当は播磨(高砂市米田町)であるとする地元の方々の熱い思いが伝わってくる。
神社近くの西光寺の境内には宮本武蔵・伊織の銅像、西桂氏設計の「五輪の庭」がある。ウォーキングの最終目的地であり、参加者も疲れてきたが、ご住職の思いはひしひしと感じられた。
なお、女優、山本富士子さん(大阪市西区立売堀出身)の実家・山本家が、代々米田に居住されており、この西光寺には縁者の方々の墓碑や寄進物などがあるらしい。

地元の方々の熱意の結晶「宮本武蔵・伊織生誕之地」石碑(書:細川護貞)

すべての目的地をまわり、高砂市立総合運動公園に戻ってきた。
南東側から公園に入ると木々が美しく紅葉している。抜けるような青空を、ジェット機が白い線を残しつつ西に向かっていた。
少しハードな場所もあったが、楽しく話をしながら歩くことができた。
後は車で稲美町に戻るだけ。
では、また来年、ウォーキングで会いましょう。(髙田)

※宮本武蔵については、魚住孝至氏(清流会24回生)の著作をご参照ください。

魚住孝至『宮本武蔵 日本人の道』(ぺりかん社 2002年12月)

魚住孝至『宮本武蔵―「兵法の道」を生きる』(岩波新書 2008年12月)

魚住孝至編『宮本武蔵「五輪書」ビギナーズ日本の思想』

(角川ソフィア文庫 2012年12月)


清流会稲美支部ウォーキング 「東播磨の歴史を訪ねて(第5回)」 参加者募集!

東播磨、とりわけ加印地区は印南野という名で風土記・万葉集の時代から風光明媚な場所として知られています。
せっかくその地に生まれ育ったのだから身近にある史跡や風景に親しもうと、四年前の秋、清流会稲美支部では
播州葡萄園跡・葡萄園池・井澤本家等を訪ねる第1回ウォーキングを実施しました。
2回目は明石市東二見の海浜公園から海岸沿いに東へ進み、住吉神社まで歩きました。
3回目は三木市中心部にある旧玉置家住宅、三木城址、金物博物館等を訪ね、昨年は加古川の寺家町通りからニッケ社宅クラブ、
加古川図書館から宮本武蔵ゆかりの泊神社まで歩きました。
それらの内容は稲美支部ホームページに掲載されていますので、ぜひご覧ください。

第5回目は稲美支部の会員にとっては、やや馴染みのうすい高砂市北部を歩きます。
まずは車で魚橋の正蓮寺へ。「月の砂漠」等で有名な作曲家・佐々木すぐるはその近くで生まれ、
境内に森繁久彌による顕彰碑が建立されています。
見学後、高砂市総合運動公園に駐車場し、徒歩で生石(おうしこ)神社・石の宝殿に向かいます。
播磨風土記にも記載されている巨石は、何度みても謎めいています。その岩山の南部には竜山石(たつやまいし)の採石場が広がっています。
宮本伊織が再建した米田天神社の横にある巨大石碑や、幼い武蔵が登ったかもしれない大クスノキ(樹齢700年)には驚かれることでしょう。

無理のないコース設定になっていますので、脚力が少し心配な方にも安心して参加していただけます。豊かな風土を実感してください。

 

第5回 2017年11月23日(祝)  【高砂市】 日本三奇「石の宝殿」から宮本武蔵生誕の地へ

○集合・解散時間 午前9時00分~13時00分

○集合場所 稲美町役場駐車場(正面玄関側)

○参加費  200円(資料代・保険代) ※当日、集めます。

○順 路  約7キロ、2時間30分(ウォーキングの時間)

稲美中央公園→(車で移動)→国道2号線バイパス高砂北ランプを降りる→正連寺(佐々木すぐる:「月の砂漠」等作曲者の顕彰碑)
→車→高砂市総合運動公園駐車場→徒歩→生石(おうしこ)神社・石の宝殿→竜山石(たつやまいし)採石場〔松下石材店〕
→西光寺(宮本武蔵・伊織の銅像、「五輪の庭」)→米田天神社(宮本伊織が再建、境内横に巨大石碑「宮本武蔵・伊織生誕之地」)
→西谷酒造の大クスノキ(樹齢700年)→田原家屋敷跡(宮本武蔵の出生地)の石碑→高砂市総合運動公園駐車場
→車に分乗→稲美中央公園駐車場:解散

  • 11月20日(月)までにお申し込みください。

小雨決行とさせていただきます。

天候急変の可能性もあり、雨具をご用意ください。

飲物等は各自でご用意ください。

  • 参加申込・お問い合わせ先 080-1482-3381 高田道夫(稲美支部副支部長)

【参考】

石の宝殿  日本三奇の一つ。生石神社の御神体として知られる。

他は天之逆鉾(あまのさかほこ:宮崎県高原町、高千穂峰山頂)

四口の神竃(よんくのしんかま:宮城県塩釜市、御釜神社)

『播磨風土記』に記述あり。「々(はら)の南に作石有り。形、屋のごとし。長さ二丈(つゑ)、広さ一丈五尺、高さもかくの如し。名号(なづ)けて大石と曰ひき」

竜山石  上品で素朴な味わいのある石。宝殿石とも呼ばれる。約9000万年前に形成された凝灰岩で建築資材としてすぐれている。

古墳時代から現代まで約1700年間採石が続けられ、国内各地で使用されている。竜山の採石場は「石の宝殿」とともに平成26年に国史跡(文部科学省)に指定された。

※主な使用場所 姫路城・明石城の石垣、皇居吹上御苑、国会議事堂、帝国ホテル、住友銀行本店ビル、県立神戸高校の玄関


【お知らせ】第29回清流会稲美支部総会について

清流会稲美支部の皆様こんにちは。 今回は毎年年一回開催されます清流会稲美支部総会のお知らせです。 お忙しいところ申し訳ありませんが、ご参加よろしくお願い致します。

日時:平成29年5月7日(日)午前10時~
場所:稲美町立コミュニティーセンター(稲美町役場4階)
総会:10時~ 講演会:11時~ 懇親会:12時15分~

講師:北川寿一氏(高41回) 稲美町役場 危機管理課
演題:『大震災から6年 被災地は復興しているのか』


清流会稲美支部 第4回ウォーキング「寺家町通りから日毛社宅群、泊神社へ」(加古川市)

稲美支部のウォーキング実施日は11月23日(祝)と決められている。
予定が立てやすいこと、好天に恵まれる可能性が高いこと等が理由である。

第1回「播州葡萄園跡と葡萄園池を訪ねて」、第2回「東二見から住吉神社への遊歩道」、第3回「湯の山街道の町並みと三木城址」については、すべて穏やかな日差しの中、楽しい時間を過ごすことができた。

ところが、この度の平成28年(2016年)11月23日は寒い風が吹き、雨こそ降らないものの厳しい空模様となった。
参加者は不安な面持ちで稲美中央公園駐車場に集合。
ところが、参加者数は従来の倍近くになり、女性も三割を超える活況となった。
集団パワーで寒さを吹き飛ばそうと車に分乗し、加古川にむかって出発。

市内中心部に駐車した後、まずは駅前通りへ。
最初の目的地は8月に竣工したばかりの再開発複合施設「ブランズ加古川駅前」(寺家町周辺地区防災街区整備事業)である。
通りに面した商店や、その奥に密集していた古い飲食店等は姿を消し、マンション棟・介護付有料老人ホーム棟・駐車場棟が威容を誇っている。
従来のショッピングセンターのような施設を予想していた人は静かな佇まいに驚く。かつて繁栄したこの地区も新しい役割を担えるように変身を遂げたのだろう。
「かさよし」(うどん店)がなくなっている。「再開発ビルが完成したら、食べにこようと思っていたのに!」と残念がる人もいた。

寺家町通りを一路西へ歩く。
たちばな呉服店、ハトヤ(カバン・靴)、松原屋洋品店、ベル(婦人服)、ライオン屋(靴・カバン)、田中紙文具店など懐かしい店の名前に、何十年ぶりかの再会を喜ぶ声があがる。
交差点角にある丸万は営業中だった。うどん・親子丼・かつめし等、懐かしいメニューが健在。

寺家町通り 丸万(うどん・そば)の店先にて
DSCN1189

さらに進むと「昭和」の雰囲気が一層濃くなる。人通りも少なくなり、「高校時代もこのあたりまでは来なかったなぁ」との声あり。
ひだり屋(化粧品・髪飾り小物)や亀屋菓子舗、陣屋(五月人形・鯉のぼり・雛人形)など開いている店にエールを送りたくなった。

寺家町通り亀屋菓子舗前にて
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人形店の横に門があり、奥にかつての姫路藩の加古川役所「陣屋」(山脇邸、市指定文化財)があることを示す看板が立っている。
宝暦2年(1752年)に設置され、西国街道を行きかう大名たちの応接の役割を担ったという。

やがてアーケードがなくなり、普通の民家が増えてくる。

アーケードのない寺家町通りの最西端部にて
DSCN1199

次は神田家洋館(国登録文化財)である。ふだんは閉館しており、見学をお願いするために国道2号線に面した神田陶器商店に向かう。

あらかじめ連絡していたので、清流会の先輩・神田洋子さん(高12回)がにこやかに迎えてくださった。
われらが稲美支部の西川支部長と同期の方である。

しばらく、陶磁器・銅オブジェ・ステンドグラス・ランプ・ガラスアクセサリーが所狭しに並んだ店内を見学。
洋館(鉄筋コンクリート造)に戻ると、まずは地下室からは見学。
ランプや銅の置物が不思議な雰囲気を醸し出している。ここでコンサートも行われるらしい。
1階は洋式の窓に床の間という和洋折衷の部屋。
この洋館は、瀬戸物商を営んでいた神田家が応接室兼倉庫として建てたもので、大正期の繁栄と心意気が偲ばれる。
加古川にまだ高い建物がほとんどなかった頃、四階(現在は二階建)から海が見えたという。
「ぜひ、二階も」と神田さんに勧められたが、時間の都合により、みんなで記念写真を撮って次の目的地に出発。

神田家住宅の前で記念撮影
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トンネル(初通行という参加者多し)を利用して国道2号線の南側に行くと、広大な敷地に日毛社宅群がある。
二階の窓こそアルミサッシになっているが、木造建築の集合住宅、長い板塀からは懐かしい「昭和」の香りが漂ってくる。

昭和の雰囲気を伝える広大な社宅群にて
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映画「少年H」(Hの父母役は水谷豊・伊藤蘭)のロケ地になったことについて大いに納得。
社宅の一角にニッケ社宅クラブがある。明治32年、日本毛織初の工場として加古川工場が操業を開始した際、欧米から招いた技師たちのために建てられたもので、加古川に現存する唯一の異人館である。

加古川唯一の異人館であるニッケ社宅倶楽部
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社宅群に思いを残しつつ、称名寺に向かう。
ここは秀吉が毛利攻めのために招集し、三木城籠城戦の発端となる加古川評定が行われた場所。
当時のことを知っているかもしれない境内のイチョウの大樹をバックにして記念撮影。

称名寺の大イチョウ前にて記念撮影
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さらに東に向かうと加古川図書館(兵庫県景観形成重要建造物)がある。

重厚かつ華麗な加古川図書館
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昭和10年に加古川町公会堂として建てられ、演劇や講演会など長らく加古川の文化の中心であった。正面の大アーチ窓にはアールデコ風の幾何学模様をあしらったステンドガラスが使われ、重厚で趣きのある建物である。
加古川の中心部に住む私たちの同窓生も、ここで夏休みの宿題や受験勉強をしたのだろうか。

加古川小学校の横を通り、2号線(西行き)を少し下ってから、南進して泊神社をめざす。
かつては田んぼの中であっただろうが、今は住宅が建ち、わずかに畑が残る地域である。
中央幹線道路と大きな用水路の手前に木々に囲まれた神社があった。

泊神社の歴史を熱心に学ぶ
DSCN1240

現在の社殿は、承応2年(1653年)宮本武蔵の養子・宮本伊織(いおり)が寄進して改築したものと伝えられる。社殿の裏にはそのことを示す大きな石灯篭が立つ。
なお、境内の文化財と建物8棟が国登録文化財になっている。
泊神社は初めてという参加者は多く、熱心に説明板に見入った。

ここで、もう11時半を過ぎていたため、最後の目的地である鶴林寺はまたの機会にということになった。
加古川中心部に戻るための正確な道など誰もわからないが、「北東方面にジグザグに歩いていけばなんとかなるでしょう」と歓談しながら、ゆっくりと歩いていった。

大いなる発見とささやかな達成感。では、また来年!  (髙田)


清流会稲美支部ウォーキング 「東播磨の歴史を訪ねて(第4回)」 参加者募集!

東播磨、とりわけ加印地区は印南野という名で風土記・万葉集の時代から風光明媚な場所として知られています。
せっかくその地に生まれ育ったのだから身近にある史跡や風景に親しもうと、三年前の秋、清流会稲美支部では
播州葡萄園跡・葡萄園池・井澤本家等を訪ねる第1回ウォーキングを実施しました。
2回目は明石市東二見の海浜公園から海岸沿いに東へ進み、住吉神社まで歩きました。
昨年は三木市中心部にある旧玉置家住宅、三木城址、金物博物館等を訪ねました。
それらの内容は稲美支部ホームページに掲載されていますので、ぜひご覧ください。

第4回目は清流会の会員にとっては懐かしい?加古川の市街地を歩きます。
加古川市役所から東校・駅前通り・寺家町商店街をへて、神田家洋館(瀬戸物商であった神田家の応接施設)、
ニッケ社宅クラブ(加古川唯一の異人館)、加古川図書館(兵庫県景観形成重要建造物)を訪ね、
明治・大正・昭和初期の雰囲気を味わいます。
さらに秀吉が毛利攻めのために招集し、三木城籠城戦の発端となる加古川評定が行われた称名寺、
宮本武蔵の養子・宮本伊織(いおり)が改築した社殿や奉納した棟札・絵馬が残る泊神社に向かいます。
最後は鶴林寺。身近すぎて参拝の機会がなかったという人も多いのではないでしょうか。

無理のないコース設定になっていますので、脚力が少し心配な方にも安心して参加していただけます。
豊かな風土を実感してください。

第4回 2016年11月23日(祝)  【加古川市】 ニッケ社宅クラブ、泊神社、鶴林寺など

○集合・解散時間 午前9時00分~12時30分

○集合場所 稲美中央公園駐車場

○参加費  200円(資料代・保険代) ※当日、集めます。

○順 路  約7キロ、2時間00分(ウォーキングの時間)

稲美中央公園→(車で移動)→加古川市役所(市役所前駐車場「つつじ」)→駅前通り(再開発ビル:ブランズ加古川駅前)
→寺家町商店街→神田家洋館(大正期の建築、国登録有形文化財)→ニッケ社宅クラブ(明治期、欧米から招いた技師のために建造)
→称名寺→加古川図書館→泊神社→鶴林寺(589年、聖徳太子が秦河勝に命じ、仏教をひろめるための道場を創設。国宝十一面観音像の印象を岡部伊都子や五木寛之が記す)
→市役所前駐車場「つつじ」→(車で移動)→稲美中央公園

  • 11月20日(日)までにお申し込みください。

小雨決行とさせていただきます。

天候急変の可能性もあり、雨具をご用意ください。

飲物等は各自でご用意ください。

  • 参加申込・お問い合わせ先 080-1482-3381 高田道夫(稲美支部副支部長)
  • 参考(加古川市に関係するエピソードがある文庫)

○和辻哲郎『自叙伝の試み』(中公文庫)

著者(姫路出身)は親戚の家に預けられ、鶴林寺内に設けられた高等小学校に通学。

○宮本武蔵・魚住孝至編『ビギナーズ 日本の思想 宮本武蔵「五輪書」』

(角川ソフィア文庫)

魚住氏(稲美町出身、清流会24回生、放送大学教授)が武蔵の実像に迫る。


東北の復興3

~未来予想図~

大都市以外は地方と呼びましょう。

どこも消滅可能性自治体です。

防潮堤などの工事が終了する数年後、いったい東北を含む地方はどうなっているのでしょう。国道6号線を走るとわずか200mの区間に3軒パチンコ店があります。数年後、全国から来ている労働者が去った後は半分消えるでしょう。

次にコンビニ、異常な数です。これも半分は消えるでしょう。関西で90Lのゴミ袋がごみ箱の外に備えつけたるのを見た事があるでしょうか。それほど回転率が高く、労働者がポイポイしていくのです。

今は人・モノ・金が動いている中、復興が一段落した後、東北の太平洋側の経済がどうなっていくのか心配してしまいます。

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津波避難公園の工事

 


【お知らせ】11月13日(日)井澤本家 蔵開き!

皆さま、こんにちは。

今年も『井澤本家 蔵開き』の季節がやってまいりました。

日時は、11/13(日)午前11時半~午後2時半まで(受付11時~)

参加費は、¥3,500-(無料試飲、弁当、お土産付き)

先着100名様募集!です。

★今年もやります『流通科学大学の学生達とのコラボ』
大好評の酒粕アイスの試食、酒粕で作ったお菓子!!

詳しくは、下記のチラシをご確認の上、ご応募ください。

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東北の復興2

~仙台をマチブラして~

東北一の都市、杜の都(もりのみやこ)仙台は兵庫でいうと神戸に匹敵する大きな街で、歓楽街の国分町(通称:ブンチョウ)は三ノ宮の倍くらいの規模です。

すべての道はローマに通ずるがごとく、何をおいてもSENDAI・センダイ。仙台より北は「仙北」、南は「仙南」という区分がなされています。

センター街を歩くとあか抜けていない方々に出会うのに驚かされます。様々な地方出身者が、都に結集している証です。

都会には働くところがたくさんあります。飲食ホールスタッフ、イベント要員、官公庁の事務、除染作業員etc 時給は関西よりも安く、TOWNWORKには時給750円の文字が踊ります。安い労働力で企業が成り立ち、大都市が形成されています。

仙台は復興が落ち着いても、周辺の人口を吸収するだろうし、駅周辺は常に工事が行われ、魅力的な街に常に進化しているので、しばらくは衰退しないと感じられます。

仙台は永久に不滅です。

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南三陸町の庁舎